大阪高等裁判所 昭和58年(う)261号 判決
1 検察官の控訴趣意中原判決の被告人高田に対する公訴事実第1の2に関する事実誤認および法令の解釈適用の誤りの主張について
論旨は,原判決は,本件公訴事実中第1の2の,「被告人高田は,氏名不詳者十数名と共謀のうえ,昭和47年6月26日午後5時30分ごろ,吹田市大字小路166番地吹田市立第二中学校職員室において,同校教諭阿部誠行(当28年)に対し,同人が同盟支部員に怪我をさせたと因縁をつけ,被告人ら数名共同して『話をつけたいので解放会館へ来い。』と申し向けながらこもごも同教諭の腕を引っ張り,その腰を腹で突くなどの暴行を加え」たとの公訴事実に対し,暴行の態様を縮小して認定したうえ,被告人高田らの行為は,社会的に相当なものとして容認されない不相当のものとまで解することができないとして,無罪を言い渡したが,原判決が暴行の態様を縮小して認定した点は,事実を誤認したものであり,実定法上容認し難いいわゆる可罰的違法性論に基づいて犯罪を構成しないと判断したのは,刑法35条ないし37条,暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法208条の解釈適用を誤ったものであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
よつて検討するに,原判決は,その無罪の理由中において,被告人高田の暴行の態様を,腹で数回押したにとどまるものと認定し,同被告人の共同暴行者である同盟支部員らの暴行のうち,同人らが阿部の指を引出しの取手から引離した行為を認定していない点で,事実を誤認したものといわざるを得ず,原判決はその認定にかかる同被告人らの暴行の態様,程度をも考慮して,被告人高田らの行為の違法性を判断していることからすると,右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
更に,原判決は,その認定にかかる公訴事実第1の2の被告人高田および同盟支部員らの行為の態様,程度,動機,目的からみると,第1の2の所為は,社会的に相当なものとして容認されない不相当のものとまで解することができず,暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法208条)の犯罪を構成しないとしたのであるが,右に認定した被告人高田らの行為は,数人共同して暴行を加えたものにほかならず,右法条の構成要件に該当することは明らかである。そして,本件公訴事実第1の2ないし4のように,同盟支部の構成員らが,一時は右同盟支部のもとに解放教育に取り組むことを誓約しながら,その後協力をしない教師に対し,組織的行動として話合いを求める交渉の過程において,その教師に同調していた他の教師に対しても話合いを求めた際に起きた一連の構成要件該当の行為について,刑法上の違法阻却事由の有無を判断するにあたっては,その行為が右のような経過で行われたものであるという事実をも含めて,当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ,それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定するのが相当であると考えられる。これを本件公訴事実第1の2についてみると,さきに認定のとおり,吹田二中教諭の土肥良子は,昭和47年4月,同盟支部長である被告人高田に解放教育に関する誓約書を提出し,同被告人の市教委に対する推せんののち,いわゆる同和加配の教師として同中学校に赴任した経緯があったのにかかわらず,その後同盟支部との協力をせず,また,市教委からの働きかけなどによっても,同盟支部との話合いにも応じなかったのであり,同被告人が同盟支部の支部長として,土肥との話合いをしようとし,更には,その話合いに反対の言動をしていた阿部とも話合いをしようとしたことは,その動機,目的において必ずしも不法とはいえないことは原判示のとおりである。しかしながら,同被告人が十数名の同盟支部員らと共同してしたその行為の態様,程度は前示のとおり,机の引出の取手につかまって連れて行かれまいとして抵抗するだけである阿部の身体に対し,多数人で直接的,かつ,しつような攻撃を加えたものであること,その動機,目的に照らしてみてもその行為は相当な手段として是認される限度を越え,暴行の程度自体も軽微とはいえないことなどを考えると,その行為が土肥や阿部に対し組織的行動として話合いを求めた過程で生じたことを考慮に加えてみても,その行為は,法秩序全体の見地から違法性を欠くものとは到底いうことができない。
してみると,本件の公訴事実第1の2の被告人高田らの行為は,暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法208条に該当し,その適用を妨げる理由はないのにかかわらず,その行為に違法性がないとの趣旨の判断のもとに,犯罪を構成しないものとした原判決は,事実を誤認し,右各法条および刑法35条ないし37条の法令の解釈,適用を誤ったもので,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 検察官の控訴趣意中原判決の被告人高田に対すを公訴事実第1の3に関する法令の解釈適用の誤りの主張について
論旨は,原判決は,本件公訴事実中第1の3の,「被告人高田は,氏名不詳者十数名と共謀のうえ,昭和47年6月28日午後5時30分ころ,吹田二中体育館において,前記阿部教諭に対し,被告人ら数名共同して『解放会館へ来い。』と申し向けながらこもごもその腕をつかんで引張り,ねじあげ,背部や腰部を押すなどの暴行を加え」たとの公訴事実に対し,おおむね公訴事実どおりの事実を認定しながら,前同様,被告人高田の所為は社会的に相当なものとして容認されない不相当のものであるとまで解することはできないとして,無罪を言い渡したが,原判決がいわゆる可罰的違法性論に基づいて犯罪を構成しないと判断したのは,公訴事実第1の2に関してと同様,刑法35条ないし37条および暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法208条の解釈適用を誤ったもので,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
よって検討するに,原判決は,公訴事実第1の3とほぼ同旨の事実(ただし,公訴事実中,「腕をつかんでねじあげ」とある点につき,原判決では,「阿部が北側出入口に進もうとする際,被告人高田が行かせまいとして阿部の左腕を後ろから引張ったので,その腕が後ろへねじれた状態になった。」旨の事実)を認定していること,なお,原判決は,同被告人が右の所為に及んだ経過として,おおむね,「当日午後2時ころから,右体育館においてPTAの定例総会が開催され,途中,被告人高田が,先日来吹田二中で生じている事態について議題として取りあげてほしい旨提案したところ,阿部がこれに反対意見を述べ,その後,同被告人が更に発言を始めると,閉会宣言もないままに,多数の会員が退場し始め,阿部も退場するため北側出入口付近まで来たところ,七,八名の同盟支部員が阿部を取囲み,その退場を阻止し,被告人高田はマイクを使って会員に対し,退場しないで話を聞いてくれるよう訴えたのち,阿部のそばへ来て,右の所為に及んだものである。」旨,更に,「同被告人は,前示土肥や阿部が同盟支部との話合いに応じようとしない問題をPTA総会の議題としようとしたが,席上阿部がまたもやこれに反対し,多数の同盟支部に反対する会員と一緒に退場しようとしたので,阿部を糾明するため退場しないよう説得する目的のもとに本件所為に出たものである。」ことを認定しているが,原判決のこれらの認定事実については,原審において取調済みの証拠によって肯認しうるところである。
しかしながら,右事実に照らしてみると,被告人高田の所為は,暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法208条の構成要件に該当する行為であり,その違法阻却事由の有無の判断につき,前示公訴事実第1の2で示した見地によって考えると,同被告人が前示の事件発生の経緯,当日の経過にあらわれているように,阿部との話合いを望んだことは格別不当ではなく,その意味で本件所為の目的は不当なものということができないとする原判示は是認できなくはないとしても,PTA総会から退席する阿部に対し平穏に説得するのではなく,原判示のとおりの暴行に及んだことは,その動機,目的に照らしても相当な手段とはいえず,その態様,程度等にかんがみると,行為が土肥や阿部に対し組織的行動として話合いを求めた過程で生じたことを含めて考慮しても,これを法秩序全体の見地から違法性を欠くと判定すべきものとは考えられない。
してみると,公訴事実第1の3の同被告人らの行為は,暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法208条に該当し,その適用を妨げる理由がなく,これが違法性を欠くとして犯罪を構成しない旨判断した原判決は,右各法条および刑法35条ないし37条の法令の解釈,適用を誤ったもので,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
3 検察官の控訴趣意中原判決の被告人高田に対する公訴事実第1の4に関する事実誤認および法令の解釈適用の誤りの主張について
論旨は,原判決は,本件公訴事実中第1の4の,「被告人高田は,昭和47年6月29日午前10時ころ,吹田二中プールサイドにおいて,前記阿部教諭に対し,同教諭が首から下げていた笛のひもを数回引っ張って暴行を加え」たとの公訴事実に対し,暴行の態様を縮小して認定したうえ,同被告人の行為は,社会的に相当なものとして認容することができない不相当なものとまではいえないとして無罪を言い渡したが,原判決が暴行の態様を縮小認定した点は,事実を誤認したものであり,いわゆる可罰的違法性論に基づいて犯罪を構成しないと判断したのは,公訴事実第1の2に関してと同様,刑法35条ないし37条のほか刑法208条の解釈適用を誤ったもので,これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
よって検討するに,原判決は,原審証人阿部の供述を排斥して,「同被告人は,ひもをつかんで軽く手前に引張ったところ,同人が頭を前方に倒すようにしたため,笛がひもごとはずれて同被告人の手中に帰したので,同被告人はこれを持ってプールサイドを離れた。」旨の事実を認定したにとどまる点で,事実を誤認したものといわざるを得ず,原判決は,その認定にかかる同被告人の暴行の態様,程度をも考慮して,その行為の違法性を判断していることからすると,右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
そして,原判決は,その認定した公訴事実第1の4の行為の態様,程度のほか,その動機,目的に照らして,右の行為は社会的に相当なものとして容認されない不相当のものとまで解することができず,刑法208条の犯罪を構成するものではないとしたのであるが,右に認定した被告人高田の行為は,他人の身体に対し有形力を行使したもので,暴行罪の構成要件に該当することが明らかである。そして,その行為が,前示のように,吹田二中の土肥および阿部に対し同盟支部として話合いを求める組織的行動に関連して行われたとみる余地があることから,前示のような法秩序全体の見地によりその行為についての違法阻却事由の存否を判定すべきであるが,右公訴事実第1の4の行為について,右事件の発生の原因となった阿部に対する話合いの要求自体に格別非難すべき点がなく,被告人高田の行為の動機,目的が不法とはいえないとしても,暴行罪は,その法定刑の下限が拘留,科料であることからも知られるように,軽微な態様,程度の有形力の行使であってもこれを処罰する法意であると考えられるところ,授業を待つ生徒の見守る中で,教師の身体に対し直接加えられた積極的な攻撃であること,暴行の程度は軽いが,前示の目的に照らして相当な手段として是認できる限度にとどまっているとはいい難いことなどを考えると,本件が土肥や阿部に対する組織的行動としての話合いを求める過程で生じたことを含めて考慮しても,行為が法秩序全体の見地から違法性を欠くということはできない。
してみると,公訴事実第1の4の被告人高田の行為は刑法208条に該当し,その適用を妨げる理由はなく,これに違法性がないとして犯罪を構成しないとした原判決は,事実を誤認し,刑法208条,刑法35条ないし37条の法令の解釈,適用を誤ったもので,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。